2007-08-09

Junnama Online (Mirror) - 最近のエントリー(2007年7月20日〜8月9日)。

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2007-07-20

Junnama Online (Mirror) - 最近のエントリー(2007年7月7日〜19日)。

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2007-01-30

移転します。移転でもないけど。

えーっと。会社の鯖にMTインストールして、ここのエントリを吸い上げて同期取って...ましたけど、「違う道を歩むことにします」。

Junnama Online (Mirror)
アルファサード有限会社 代表 野田純生のプライベートなBlog。

どっちにも書くと思うけど、こっちをプライベート色の強いものに、あっち?を仕事色の強いものにしましょう。

いや、今決めました。深い理由はありませんが。

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2007-01-05

IE7。

キーワード「IE7」でググるとトップに「Windows Internet Explorer 7: ホーム」というのが出て来て、https://www.e-typedesign.co.uk/〜というアドレスにつながる(っていた、今日の昼頃までは。)

Windows Internet Explorer 7: ホーム
https://www.e-typedesign.co.uk/japan/windows/ie/default.mspx

で、このページに行こうとすると、SSL証明書の警告が出る。

証明書はwww.microsoft.comとなっていて、何よりIE7でアクセスすると表示されない、、、という笑える? 状態だったのだが、18:35現在、アクセスできなくなっているようだ。

何だかなぁ...という感じだったので、一応書いておく。

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2006-07-09

移転。

元々は仕事でBlogを提案することになったので自分でも書いてみなきゃってことで、ここで書き始めたわけだが、ここ(ココログ)のレスポンスがあまりにも悪いので引っ越すこととする。
選択肢は数多くあるし、仕事でクライアントへ導入したオープンソースのBlog/CMSも数多くあるのだし。

Webサービスはインフラが基本だな。

ただ、閲覧はそうでもないんだな。やはり静的なコンテンツは有利だ。
では、静的なコンテンツベースのCMSを作ろう。

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2006-07-08

現実に敬意を払う。

404 Blog Not Found:死人に鞭を打ちたくはないが
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50557369.html

カルロス・ゴーンは、そういう幻想を全く抱かなかった。経費節減フェーズでは、製品にすら目をくれず(!)経費節減に励み、経費節減体質が全社に行き渡ってからはじめて収益向上に手をつけたのだ。↑の「カルロス・ゴーン経営を語る」の原題は"Citoyen du Monde"。「世界市民」である。彼がなぜ国を問わず成功したかといえば、この世界的基本に忠実だったからに他ならない。

3年前、僕はサラリーマンであった。当時勤めていた会社の社長の言葉を思い出す。

「現実に敬意を払う」のだと。

結果に謙虚な経営をする、という意味でカルロス・ゴーンの言葉を引き合いに出して良く言っていたのだ。

今の日産がどうであるかはともかく(もちろん橋本元首相がどうあるかが本題ではないのであるが)、「現実に敬意を払う」と色んなことの見方が変わってくる。

「結果が全て」ではなく、「結果に謙虚」であり、「結果(現実)に敬意を払う」ことが大切なのだ。

それが経営者であっても、政治家であっても。


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オープンソースCMSの話。

「CMSを導入したい!」というニーズがすんごく多い。

DrupalTypo3を検討したりするわけだが...

でもね、

  • セキュリティがどうだとか
  • サポートがどうだとか
  • 開発言語がどうだとか

あたりで頓挫するケースも多く、結局のところ...

  • 静的な(X)HTMLが吐けて、
  • 且つ権限の階層管理ができる

というCMSが求められている(少なくとも僕のクライアントの多くには)。

でさぁ...MovableTypeになっちまうわけですよ、結局。MTでは足りない部分、オープンソースCMSならクリアできる部分も多いのだが、「ツボ」をおさえているのがMTなんだな。

「そのあたりの現場のニーズを汲むのは商用ソフトに任せておけよ。オープンソースってそうじゃないだろ。」

ってのは分かるわけだが、もうちょっと「スーツ」と会話をすれば導入事例も増えるし、売りやすくなるってことで、得られるメリット(リソースを割けるとか、時間をかけられるとか)があるのではないだろうか?

一方で、「全部スクラッチで作るぜ! 他人の作ったものなんてしらねぇよ」って言われても、それはそれで違うんだよなぁ。

っつーことで、

応募はこちらから。


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2006-07-03

成功ってのはメディアが判断するものではなく、ましてや世間が判断するものでもなく、誰あろう自分自身が判断すべきものではないのかね?

少々長いが引用する。

Web 1.0に学ぶ失敗しない法則--グーグルをつくれなかった男の話 | CNET Japan

Direct Hitは1999年までは堅調で、株式上場の申請も出した。SunのサーバをIntelベースのマシンで置き換える作業も始めた。しかし、他の検索会社のようにブランドとして認められることもなかったので、2000年1月、Ask Jeevesに同社株の12%(約5億ドル)で売却する道を選ぶ。

ドットコムバブルがはじけるとAsk Jeevesの株価は反騰し、2005年にInteractive Corpに18億5000万ドルで買収された。それでも、Direct Hitには2億2200万ドルの値がついたことになる。Googleの敷地に灯されているすべてのラバランプの代金にも満たない額だが、それでも大金であることに間違いはない。

これを「失敗」と呼ぶ人たちは(あるいは、「失敗」と書かれて何の疑問も感じない人たちは)どんな成功ストーリーを描いているというのだろうか。

みんながGoogleになりたくて、それこそが成功のモデルで、この記事のような「失敗」をしなければそうなれると思っているのだろうか。

これを「成功」でなく「失敗」と捉えてしまう人ってどうなんだろう。

何をもって成功とするのか。少なくとも(僕が)会社を始めるときは不安との戦いだったし、皆がMicrosoftやGoogleになれるわけではないこともわからなくてどうして起業なんかできようか。

Googleになれなきゃ「失敗」だったら、世の中は失敗のオンパレードじゃないか。

成功ってのはメディアが判断するものではなく、ましてや世間が判断するものでもなく、誰あろう自分自身が判断すべきものではないのかね?


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2006-06-14

ネットメディアにはメットメディアとしての媒体の姿があるわけだし「ひと文字いくら」にこだわっている書き手の方にこそパラダイムシフトが必要なのではなかろうか。

みなさん、さようなら。ブログ連載から降ります。:烏賀陽(うがや)弘道の音楽コラム
http://www.actiblog.com/ugaya/7007

これははっきり言って「原稿料の価格破壊」です

(中略)

ぼくはだいたい2000字はきっちり書いていましたので、400字詰め原稿用紙に換算すると、5枚。一枚あたり何と1000円を切っていた。これはもう、ジャスコ夏のクリアランスセールも真っ青の超御奉仕価格であります。

AFPBBといえば、フランス国営通信社であるAFPと、日本のIT産業の覇者・ソフトバンクがタッグを組んだ、言うなれば日本のインターネットニュースメディアのフラッグシップになりうる存在なのです。

ネットのニュースメディアに「紙」の論理を持ち込むこと自体が間違っているとは思わないのだろうか。

雑誌が一冊出版される。そこには、あるライターが書いた記事が掲載されているが、同時にグラビアアイドルの水着写真が掲載されているかもしれない。アイドルの水着写真だけを目的に雑誌を購入した人にすれば、ライターの書いた記事は無意味である。ある購入者にとってはライターへの原稿料は単に払わされている余分なコストなのかもしれない。

ネットの場合はそうでは無い。少なくともアイドルの水着写真が見たい人はライターであるあなたの原稿を見ないで済むのだ。リンクだって今どき「当ニュースサイトへのリンクはトップページにのみこれを許可」とか書いてあるかどうかは別としてみんな該当のページをブクマしたりリンクしたりしているわけである。

逆に、ライターであるあなたの原稿も、水着写真の有無にかかわらず評価されるのだ。あなたのページには直接リンクが貼られ、言及され、トラックバックされ、ブックマークされる。

本当はあなたの原稿が読みたいのに、水着写真のモデルやカメラマンへのギャラを払わされている購読者にすれば、あなたの原稿だけを切り取って読めればそれに越したことはない。本屋であなたの書いた原稿が掲載されたページを切り取って買うことはできないが、ネットではそれができるのである。

印刷代(ネットメディアにしても 『わずかな』インフラコストが必要だが)、物流コスト、宣伝費、編集者のコストや出版社の利益等がかからないことを考えると、いわゆる「マージン」が不要になり、読者へ直接届けるためのメディアを持てるのだから、別に(本当にあるかどうかわからないような)「メディア」の権威等に中間マージンを払うこと無く、自分でメディアを持てばよいのではないかと思う。

原稿料なんてAdSenseでもアフェリエイトでも何でも稼げるではないか。

例えば雑誌メディアに製品のレビューを書いてくれって言われて執筆するのと、自分のBlogに製品レビューを書くのにどんな違いがあるっていうのだ。自分は文章で食っている人間なのだし、文章のクオリティに自信を持っているプロのライターなのであれば、それがどれほどの稼ぎにつながるかについて情報を集めることくらい簡単ではないか。
(「AdSenseやアフェリエイトでどのくらい稼げるのか取材対象を見つけて、取材記事書いてくれませんかねぇ」とか言われたら、それなりに調べるでしょう?)

例えば以下のエントリーあたりを参考に、必要ならば取材をしてみるとか。ネットでの情報収集、真偽の判断、必要ならば取材、ウラ取り。ライターの方の得意な分野ではないだろうか。

表現者と「ウェブ進化論」:住 太陽(スミ モトハル)のブログ。
http://www.motoharusumi.com/jobs/clarifying_the_web/communicator_and_the_evolutionism_of_web.html

この結果、僕がこの種の広告収入で得るお金は、2005年9月に既存のサイトにAdsenseを貼り付け、その当月にいきなり980ドル程度の報酬を得たところから始まり、その後のアフィリエイトへの参加などで報酬は増え続け、今では月間70万円程度に達し、今も増え続けています。

しかし、そもそも掲載されている媒体で媒体のギャラが尋常じゃないから降りるなんて記事がよく掲載されたなぁ。確かにアクセスは稼げるかもしれないけど、この原稿の掲載を許可したメディアの担当者は何を感じたのだろうか。

たけくまメモ:フリーにとって原稿料とは何か(1)
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/http.html

でもまあ、フリーライターがこういった「組織の内情」を、当の組織が運営しているメディアで暴露するのは、相当な決意が要ったでしょうし、その覚悟には敬意を表するにやぶさかではありませんが

「決意が要った」のは掲載したメディアの側じゃないかと思う。


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「プロ」について。シンプルに考えよう。

『プロな人』と『アマな人』の違い:Web2.0ナビ
http://sengoku.blog.klab.org/archives/50318048.html

『プロ』と『アマ』ではまったく考え方が違う。プロ野球選手とアマの野球選手では野球の能力は確かに違うだろうが、それ以上に野球に対する精神的な考え方が違う。

このエントリーへのトラックバックやはてなブックマークでも肯定・否定色々なわけですが。

シンプルに「プロ」と「アマ」を分別するなら「カネを稼ぐための行動を一貫してとれるか否か」というのは前提にならないのだろうか。
僕は「プロ」「アマ」の違いってその一言で片付くと思っているのだが。

  • できない言い訳をする(アマ)出来る方法を考える(プロ)
  • 現状に満足する(アマ)チャレンジする(プロ)

出来ない言い訳をしても「カネを稼げない」、出来る方法を考えることで「カネを稼げる」。
現状に満足しても「稼げるカネは増えない」、チャレンジにより「稼げるカネが増える」。

拝金主義みたいに思われてしまうと心外だが、このようにシンプルに考えることで「プロ」の行動というものがはっきりするのだと思う。もちろん人によっては「プロ」の行動を無意識にやっている人がいるのだが、客観的に「何故あの人がプロなのか」を評価する時、「カネ(成果と言い換えても良い)」に責任をもち、成果をあげる行動を取っているかどうかが一つの基準になる。

  • 仕事を楽しめない(アマ)仕事を楽しむ(プロ)

これはちょっとどうかと思うが、楽しむかどうかは付加的な問題であり「プロ」は楽しかろうが楽しくなかろうが結果に向けて最適なアプローチをとるものだ。

  • 批判をする(アマ)行動を起こす(プロ)
  • 時間を浪費する(アマ)時間を効率的に使う(プロ)

同じく、批判をしようがどうしようが関係ない。行動を起こさない(アマ)行動を起こす(プロ)、なわけだが、これでは確かに面白くも何ともないわな。
時間にしてもそう。時間を浪費するより効率的に使った方が、より成果をあげられる。あたりまえ。

  • 約束を守らない(アマ)約束を必ず守る(プロ)

約束を守らない人間に次の仕事はない。だから「継続して成果を出し続ける、継続して稼げる」人は約束を守れる人だ。これもあたりまえ。


ビジネスの現場では「アマ」は「退場!」である。

だから、「アマ」のことなんかどうでも良いではないか。
シンプルに考えよう。「プロ」として行動し、「プロ」に相応しい待遇を得よう。


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2006-06-11

これは もはや僕の知っているMacintoshではない。

MacBookを買ってから、まずはメールのデータを移行して仕事ができる状態にし、二週間程が経過。Webとメール、MS Officeが使えれば取り敢えず仕事になるのだが、この週末にようやくあれこれと触ったり環境整えたり。

アプリケーションはMacOS9からの移行なのでPhotoshopは7はそのまま(Universal Binary対応になったらアップデートすることにして)、Illustratorはバージョン10がインストールできなかったので(インストーラが落ちる)、CS2のアップグレード版を購入してインストール、MS Officeは新規購入(Virtual PC が Intel Macで動作しないのをチェックし忘れていたのでPro版を買ってしまった。Win XP ProをParallelsBoot Campに放り込むのはありなのだろうか(ライセンス的には駄目なんだろう))。
Apple Works と REALbasic4.5は旧マシンからそのまま移行。

MS Officeをはじめとして、インストールしたアプリケーションは僕の知っている旧来のMacintoshのアプリケーションである。仕事のためにはそれはそれで必要なのだが、MacをMacたらしめているのはMacBookに付属しているAppleのアプリケーション群である。まだ使い方もわからないのだが何となくダブルクリックして立ち上げてみて(AppleのWebサイトなんかを見たりして)、これはもはや僕の知っているパーソナルコンピューターではないのだという実感が。

iLife

自分自身、コンピューター(Mac)を使うことに関してリテラシーは高い方だとは思うのだが、ちょっと見る限りこいつら(iLife '06 - iPhoto, iMovie HD, iDVD, GarageBand, iWeb)は全然分からない。異文化である。この歳になって新しくアプリケーションを覚えるにはエネルギーも時間もないけれど、若い頃に出会っていたら全然違っていただろうな、と思わせるものがある。その昔、Avid Cinema で映像編集したり MIDIGraphy でサウンド作ったりしたもんである。あの頃のエネルギーを今かけられたら面白いだろうなと思う。

むしろこいつを小学生くらいの子供に与えてみると面白いのではないかと考えている。iLife等のアプリ群だけじゃなくて、TerminalからCUIで使わせてみたりアプリの開発とかさせてみたりしたら面白いだろうし、すぐ覚えていくんだろうなぁ。

MacOS X自身もそうだが、現在のMacっぽさと旧来アプリのデザインの違いが良く分かるのが iCal と Microsoft Entourageを比べた時である。

iCal(手前)とMicrosoft Entourage(奥)

MS OfficeやIllustrator等の旧来型のアプリケーションは外観はOS Xになってはいてもやっぱりひきずってしまっている感を拭えない(仕方がないんだが)。

Appleのソフトを参考にして、またデスクトップアプリを作ってみたいと思う今日この頃である。

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2006-06-10

テレビがWebに学ぶべきこと。

世間的にはワールドカップなわけですが。

「古館さん」(ドイツと中継がつながっている)

(2.5秒程間があって)

「はい...」

呼びかける方を2秒程遅らせたら(映像と音声を)自然な会話になるのに。簡単なことだろう? 2秒の差が気になるくらいのリアルタイム性を求めているわけでは無いのだ。これこそが「ユーザー体験」ではなかろうか。

もう一点。『映像を見る』対象デバイスはすごく広がっている。50インチのハイビジョンディスプレイと数センチ×数センチの「ワンセグ」と、同じ映像で良いのか?

以前から思っていたことだけど、野球中継とかサッカー中継っていかんよな。スタジアムで見るスポーツの美しさってね、例えば外野の間を白球が抜けていく瞬間にプレイヤーたちが一糸乱れぬ動きを見せる(フォーメーションの美しさ)、中継プレーのために自分のいるべき場所にポジショニングするっていう「引いた映像」でこそ得られる美しさってのがあるわけで。

いいかい? 選手の顔のアップなんて現場ではどうでも良いわけだ。あり得ない。

テレビも結局職人の世界なんだなと思うのはこういう時である。時代が変わっているんだから、変わろうよ。

テレビはWebに学ぶべきだよ。もっと。

『制約と変化に適応する美しさ』がWebデザインにはあるのだ。

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2006-06-06

アイデアは売れるものでなければならないし、アイデアの起案なんてものはそもそも評価に値しない。

技術をウリにする会社に必要な人種について。

アイディアを出す人、その実現を技術で支える人、作ったものを売る人:仙石浩明CTO の日記
http://sengoku.blog.klab.org/archives/50318048.html

技術をウリにする会社は、 その立ち上げメンバに三種類の人種が含まれていることが必須なのだと思います。 すなわち、

  1. 湯水のように新しい事業アイディアを思いつくアイディアマン
  2. アイディアを実際の製品として実現する技術者
  3. 完成した製品を売る戦略を立案し実行するマーケッタ


さて、一方でGoogle。


街のスケッチ: アイディアだけでは評価されない会社
http://www.ooba-office.jp/sketch/post_84.php

アイディアの起案自身というのはほとんど評価されない。アイディアっていうのは当然、難しい問題を含むものだ。その問題を解決して、動く形にして初めて評価される。


  • 売れるか売れないかのマーケティングが十分に出来ないアイデアマンなんて価値のかけらもないし、「素晴らしい」アイデアがあっても技術的に実装できない人は役に立たない。
  • マーケットに対して理屈をこねるだけで、マーケットにアピールするためのアイデアも無く製品化する技術も持たない人は役に立たない。
  • 「俺は製品を作る技術は持っているぜ」と言ってはいるが、どんなアウトプットが市場に受け入れられ(結果)製品が売れるかをイメージできない技術者も役に立たない。少なくとも会社を立ち上げるにあたっては。


必要なのは「バランス感覚」「客観的に自社(技術・製品)を見つめる厳しい"目"」である。
本当に優秀な技術者は顧客の前でいとも簡単に自分たちの製品を売ってしまうものであるから、場合によっては専門のマーケッタなんてものは不要なのだ(もちろん、単なる「アイデアマン」も単なる「技術者」も不要だ)。



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2006-05-17

だから、Googleは神なんかじゃない。

僕の場合、素朴な疑問、じゃなくてハっとしたこと。

※引用した記事の「本質」とは違う話なのですがあしからずご了承くださいませ。

My Life Between Silicon Valley and Japan
すべての本がスキャンされて「あちら側」に格納されて検索できるようになったら

The dream is an old one: to have in one place all knowledge, past and present. All books, all documents, all conceptual works, in all languages.

という夢は実現され、限られた人々にだけでなく、すべての人に、過去の叡知たる書物の内容すべてが提供される時代に向かっている。ただスキャンされただけでは使いようがない厖大な情報も、検索エンジンの成熟とさらなる発展によって、それが世界中のどんなデバイスからも簡単に本当に利用できる価値として提供される時代が来るだろう。

読み流してしまうところだったが、何かが頭にひっかかった。

世界が100人の村だとしたら

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、 全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。 その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

(中略)

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

(中略)

そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

統計的なことは知らない。本当に「100人あたり1人がコンピューターを所有している」のかどうか僕は知らない。

ただ、最後に「 in all languages.」と書いてあるわけだが、これを何も考えずに(あるいは自分たちの「常識」から離れないで)

『限られた人々にだけでなく、すべての人に、過去の叡知たる書物の内容すべてが提供される時代』

といってしまう私たち。

ウェブは万能じゃないしウェブがすべてじゃない。

だから、Google は神なんかじゃない。

常識にとらわれている自分自身への自戒の念を込めて。

言葉の挙げ足をとるつもりではなくて、これをスっと読み流して頷いてしまってはいけないんじゃないかという気になったので書いてみた。

  

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2006-05-14

Googleと日本語の壁。

Internet の普及によって、世界のどこからでも同じ情報にアクセスできるようになった。
国境を越えたビジネスもInternet以前の世界と比較すると格段にやりやすくなった。

ウェブ進化論」では、人件費の安い英語圏の人たちがAdSenseによって収入を得ることを例にとって「富の再分配」という言葉を使っている。

小野和俊のブログ:この先10年で、働くことの意味がきっと大きく変化する

賃金水準が相対的に低い国では、 AdSense による収入が天から舞い降りた奇跡のように扱われているという。

簡単にいうとこういうことだ。

AdSenseやアフェリエイトで月に3万円を稼ぐことができたとして、我々はそれで生計を立てられない。でも、元々物価が安く人件費の安い国であったなら...3万円ってのが決して安い月給では無い国だったなら、それで十分に生計を立てられる。

月に3万円ってのは、ちょっとした人気blogのオーナーだったら楽に稼げる数字だろうし、会社員の方の副業でもそのくらい稼ぐ人はいるだろう。会社なんかやめてしまって集中してやれば10万円くらいは、と思っている人も多いと思う。

我々がそれをしないのは(もちろん、一部の人は既にそうしているわけだ)、10万円では生活できないからだ(言い方を変えれば、10万円よりもはるかに多い金額を仕事によって得ているからである)。

では、物価と収入の低い発展途上国の人たちがこぞって日本語でコンテンツを発信しはじめ、広告で収入を得るようになるとどうなるか?人件費と物価の高い我々日本人は太刀打ちできない。広告費が「そちら側」へと流れて行くのである。そして、GoogleはYahoo!が持たない部分でシェアを伸ばしていくことができる。


ただし、当面はそうはならないだろう。「日本語の壁」がそこにあるから。


同じことを考えるのであれば、英語でコンテンツを発信した方がはるかに市場は大きい。また、学習コストという面でも英語の方が有利だろう。

Googleが日本でYahoo!のシェアを奪えない一つの理由がそこにあるように思う。AdWordsはどもかく、AdSenseにおいてはコンテンツの総量が少なければ配信数も増えないのだ。

一方で、こんなレポートがある。

blogのエントリー数は英語より日本語の方が多いらしいのだ。


メディア・パブ:日本語ブログが英語ブログより多いって本当なの?

Technoratiの見方では,日本人ブロガーは短いエントリーを頻繁に書いているからだという。ケータイから短いブログエントリーを投稿している場合も多いとのことだ。

日本の市場を制しようと思えば、「日本語の壁」を超えることである。そして、その方向性の一つはケータイであり、もう一つは自動翻訳なのだろう。

日本で本当のパラダイムシフトが起こる時、それはGoogleがケータイを制した時(もちろんそれはGoogleでなくとも良い)、そして、精度の高い機械翻訳によって日本語の壁が取り除かれた時ではないだろうか。


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2006-05-12

アホで間抜けなスーツですが何か?

さて、零細企業のスーツ? の見解も少し述べておこう。

業務連絡。その3|渋谷ではたらく社長のblog

一番は技術者の頭数が明らかに不足していることです

仙石浩明CTO の日記: IT企業には技術者と経営者の両方と話せるバイリンガルが必要

優秀な技術者であればあるほど、 「人月」という考え方には反発するものだし、 優秀な技術者は、 平凡な技術者の何倍、いや何十倍のパフォーマンスを発揮できる (私は技術者の生産性は、ピンとキリでは 3桁の違いがあると常々主張してるのですが) わけで、 「頭数」なんかで数えられたらたまらない、 というのが、優秀な技術者の感覚だと思います。

技術者の皆さんは「決算説明会」というシチュエーションについて考えが至っていないし、渋谷の社長はblogのエントリーってシチュエーションに考えが至っていない。

決算説明会で「プロジェクトの進捗が芳しくないのは、当社の技術者の生産性が低いことです」なんて言ったなら投資家も社員も大ブーイングだ。
投資家なら「そんな奴らはクビにして生産性の高い人間に入れ替えろ!」、あるいは「現場のせいにして経営がつとまるのか?」、技術者なら「現場のことがどれだけ分かっていってるのかね?」ってなもんで。

だから、「頭数が不足しているから増やします」ってのは投資家に対する説明なのだ。それが前提。そして現状の社員に配慮した発言でもある。

渋谷の社長はこうとまで言っているのだ。

いま会社にいる技術者はこの状況で本当によく頑張っている。

現段階までその問題を放置していたことは、私をはじめとする
経営陣の失点です。

さて、それはそれとして「人月」や「頭数」についてスーツとしての意見を述べる(ちなみに、僕はエンジニアではないがプログラムはそれなりに書く)。

生産性や仕事の結果を数字に置き換えて考えるってのは経営者としては当たり前のことだし、見積もりにそうやって書くかどうかは別にして「人月」という単位で考えるのもおかしな考えじゃない。「1人あたりの生産性」「1人あたりの経常利益率」は、会社の「力」を図る指標としては普通に使われているのである。

但し、いや逆に、その人月は「80万円/人月」かもしれないが、「800万円/人月」かもしれない。「アホで間抜けなスーツ」はそこをちゃんと理解している必要がある。

技術に長けていたり理解が深いことよりも、数字や結果に対して真摯であり理解できることこそがスーツには求められるのである。

但し、報酬と待遇をどうするかについて、技術者の皆さんが大好き? なロングテールの反対「パレートの法則」を忘れちゃぁいけない。

報酬に関する限り、2割の生産性の高い優秀な技術者は8割のそれ以外に引っ張られてしまうのだ。あなたが稼ぎだした桁違いの成果は、若い(かどうかは全然関係ないが)未熟な技術者や「できの悪いスーツ」の生産性の低さをカバーしているのである。

だから、現実的には報酬が3桁の差になることは稀である。但し「3桁の違いがある(それはプロセスではなくて結果を見て)」ということは理解していて、それなりの待遇と報酬に反映させていけば良いのである。


404 Blog Not Found:理解を求めるな、報酬を求めよ

あえて言おう。 だからこそ、報酬と待遇を求めよ、と。

Danさんの言う通り。

理解を求めても良い。但し、それは技術力の高さや技術者の考え方に対する理解ではなく、技術者が行った仕事、生み出した価値の創造に対する理解である。

そして、それは多分「報酬と待遇」に顕著に表れるのだ。


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2006-05-07

「チープ起業革命」の本質は「無責任」。

「責任」は金になる。

例:

  • 難易度が高くて、他社がリスクをいやがって引いてしまうようなプロジェクトを高い値段で引き受ける。難易度が高いから、できるかどうかやってみなければわからない。他社は引いてしまっているから、価格は下がらない。むしろ高い値段で...
  • 値段が上がるか下がるかわからない、つまりギャンブルとか、デイトレとか...リスクが高いかわりに当たった時のリターンは大きい

とまぁこういうモデルは少なからずあって、『「責任」「リスク」は金になる』ってのは真実だった。これまでは。

リスクを追わないものは高いリターンを得られない、ってのが普通だった筈だ。

Webサービスで収入を得る場合、例えば「年間10,000円、顧客を10,000名集める」というモデルの場合、年間1億の売上である。ただし、この場合はこの場合でリスクを伴う。

  • サービスが軌道に乗らなかった...でもサービスをやめたら返金しないといけない。軌道に乗っていないので、サービスを維持すればする程赤字が膨らむ。

これは大きなリスクである。直接課金すると、こういうリスクを抱え込む。起業して、儲からなくて、引き際を過って借金まみれになる...ってことの「根っ子」はこういうことだ。軌道にのらなかった...っていう認識をしているだけまだましで、普通は「芽」が出かかっているから...ということでずるずる引っぱってどうにもならない状況になる。

ところで、Web2.0から派生したビジネスモデルの一つ、「Google AdSense(アフェリエイトもそうだが)で収益を得るモデル」はこれを覆してしまった。Googleによるパラダイムシフトの本質は、実はここにあるのではなかろうか?

  • APIの利用によって低コスト(=低リスク)でサービスを立ち上げられる
  • 一部の専門家、ベストセラー作家でなくてもblog等で金を稼げる

まぁ、ここまでは良い。

  • AdSenseによって、相手の顔を見ずとも(泥臭い営業活動無しで)収益を得られる
  • それがベータ版であっても収益を得られる
  • いつでもやめられる

1.については、営業なんてできない「ひきこもり」にビジネスチャンスを与えてしまった。
問題は最後の2つ。サービスのクオリティがベータ版レベルでも(ベータ版で金をとる、なんてのは「こちら側」の世界ではあり得なかった筈だ)、収益の見込が立っていなくても商いを始められるということこそがAdSenseによるビジネスのパラダイムシフトの本質ではないか。

とりわけ最後の1つが重要である。「始めたら、責任が伴うから、そう簡単にはやめられない」のが従来のビジネスの前提であったわけだ。今は、「やってみて、駄目だったらやめればいいじゃん」である。

今までは、こわくて参入出来なかった層の参入、つまり起業の敷居を下げてしまった。

参入障壁が下がっただけではない。実は撤退障壁も下がってしまったのだ。

ウェブ進化論」には書いていない「本当の大変化」は、実はこれがきっかけで始まるのではないだろうか(もう始まっているのだろうが)。

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2006-05-04

ネット時代の履歴書作成法。

Webディレクター募集:
http://www.find-job.net/fj/showjob.cgi?id=48773

Find Job! にもリクナビNextにも スカウト機能(求職者の登録された履歴書を見てコンタクトする機能)があり、昨日、今日で300通をこえる履歴書を見た。疲れた。

で、何通かメールは送ったのだが、「メールを送りたくなる履歴書の書き方」を勝手に書く。

前提は、Web系(制作)小規模会社(オーナー社長)ということで。

紙の時代と違ってネットでの履歴書だから当然「見栄え」に個性はない。写真も出ないし手書きではないから筆跡もなにもない。であれば内容がすべてなのだ。

それでも見栄えにこだわる

特にWebに関連する仕事なのだから、ブラウザ上で見た履歴書が読みにくいものであるというのは論外である。

  • 適度に改行を入れる
  • 箇条書きを多用する
  • 区切り線を入れて読みやすくする
  • 簡潔に書く(ただし、情報は多い方が良い)

決められた求人サイトのフォーマットであっても読みやすさは工夫できるはずだし、そこにこだわるところから「相手に伝えよう」「わかりやすく表現しよう」という心配りが感じられるものだ。

ましてや、「表現」でメシを食う業界の仕事であればなおさらである。

# ちなみに、テキストの整形にこだわっていないプログラマだと、「汚ねぇソース書くんじゃねえか、こいつ」と思われるので注意が必要

情報量は多い方が良い

1時間の面接には多大なコストがかかる。履歴書を読んで検討している時間、メールを書く時間、スケジュールを調整する時間等をあわせると、単なる1時間では済まないのである。

履歴書から理解できることは履歴書で理解したい、というのが検討する側の思いである。

もちろん応募する方にしても、無駄な時間は避けたいだろう。


何をやってきたか、ではなく「何故」「何が」やりたいかを書く

「こういう仕事をしています」「こういう仕事をやってきました」っていうのはたいてい書いてある。

で?

何で会社を変わりたいの?そういったことがしたいの?が書かれたいないと判断しようがない。

入ってきた、短期間で辞めたってのが最悪のシナリオであるから、価値観があるなら書いておいてくれ。


前の会社の愚痴や不満は書かない

親の心子知らず、というか、「仕事がきつかった」とか、「会社の方針が」とかは書かない方が良い。大抵の会社の上層部は「生産性が悪い、効率が悪い」とか「社員が方針を理解してくれない」とか思っているものである。

面接の前から「?」となってしまうことも多いと思う。


推敲・校正し、URLはチェックせよ

誤字脱字は論外。いいかげんな仕事、ミスをしそうな感じがする。何より本気度を感じない。

実績なんかをURLで示す場合は、リンクチェックを定期的に。
「404 Not Found」なんて忙しい相手に見せること自体失礼である。


都合の悪いことは書かなくても良いが、疑問を持たせない

例えば、無職の期間が長かったり、うなくいかなかった転職(試用期間で不採用になった、など)のことは書きたくないのかもしれないが、職歴に長いブランクがあったらやはり気になる。

そのあたりをうまくフォローして書く気配りも必要だ。

定期的に更新すべし

「求職者検索」の機能には、最終更新日を指定する機能がある。経歴書を読んで、実績ページとか見て、blogとか見て...(実際に今日あったが)「連休明けから新しい会社に移ります!」とか書かれた日には「時間返せ」といいたくなる。<っていうのはこちらの事情だが、そういうこともあるから、「更新日付が新しい=真剣に、今、探している」という印象づけにはなる。



ここからは、かなり個人的な考えになる。

会社の近くに住んでいる、は一つのメリット

どこに住もうが勝手、である。

ただ、会社から近ければ交通費も安い、例えば残業時にも電車の時間が気になる。場合によってはタクシー帰りとかもないとは言えない(一応当社では交通費は全額支給、タクシー代も支給している。場合によっては会社の近くのホテルをとってしまうこともある。)。

これは大阪よりも東京に多いが、通勤に2時間くらいかかる所に住んでいて「意外と近いですよ。」とか言われても、やはり同じレベルの人材なら近い方がポイントは高い。

# 場合によっては引っ越す意思があることを書いておいて損はないと思う。


女性が気をつけるべきこと

# これを書くとちょっと...男女雇用機会均等法とかもあるわけだが....

女性の場合は、「パートタイム気分」なのか、「男も女もない」なのか、「将来的に仕事をどう考えているか」を書くべきだと思う。

少なくとも「女」だからって色眼鏡で見ないで欲しいと思っている人は、書いておいて損はないと思う。実際、そのあたりのギャップがあると、入ってからお互いに苦労することになる。



以下、履歴書というより、応募する時に気をつけるべきこと

コピー&ペーストしただけの応募は本気度を疑う

少なくとも、広告のどこに興味を持ち、何故応募したいと思ったのかが書かれていないのは論外。

経歴書をコピー&ペーストしただけの応募はまともに取り合ってもらえないと思うべき。

「御社で働きたい」思いを(ウソでも良いから)書け。

とにかく、広告を掲載したら即レスがあって、それがコピペだったら...そんな奴とは会わない。

逆に考えると、読んで、検討して、その会社向けに書いた応募書類であるべきである。

零細企業のオーナー社長はバカ?だから、「御社のコンセプトに共感しました」とか書くと、「こいつは見所がある」とか思うものである。

求人広告の引用を含めて、それに対する意見や感想を書く、なんてのは特に有効である。


と、いうことで、履歴書書き直しできたらここ↓から応募してくださいませ。

Webディレクター募集:
http://www.find-job.net/fj/showjob.cgi?id=48773


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2006-04-26

ネットの「こちら側」のGoogle。

My Life Between Silicon Valley and Japan
「グーグルをどう語るか」を巡って(3)

グーグルという会社は、マイクロソフトと同様、プラットフォーム企業を強く志向しているので、グーグルのプラットフォームの上で「win-win」の関係を構築したいと考える会社の提案には、耳を傾ける。そういう視点でグーグルの問題点の解決をビジネスチャンスに結びつける会社が多数現われれば、グーグルのプラットフォームはより強化されるからだ。

「グーグルの問題点の解決をビジネスチャンスに結びつける会社」とは少し違う話なのだけど、どうにも僕には Google 日本法人が『ネットの「こちら側」』で仕事をしているような気がしてならない。

最近の大阪営業所の開設でその思いはすごく強いものになったのだが、日本市場の特殊性というか、GoogleはYahoo!に現状追いつけていない。本国(米国)からは「何故日本は駄目なんだ?シェアを奪えないんだ?」とかいう話があって(想像ではあるが、普通はあるのではないか?)、その一つの対応策が「広告代理店様のサポートを強化」であり、そのための大阪進出なのだろう。

Google Japan Blog: Google 大阪営業所の開設

で、これってのはきわめて「こちら側」の世界ではないだろうか。「ロングテール」どころか思いきり「恐竜の首」狙いである(ビジネスなのだから、もちろん悪いと言っているわけではない)。

だから、日本の「ギーク」な人々や梅田さんが語るGoogleと、日本にいる我々(ギークでない日本人)が感じるGoogleは違うのだろう。『ウェブ進化論』は少なくとも日本における Google日本法人の話しではない。

それはそれで「本国」のGoogleの話しだから良いのだけれど、日本で何が起こるか、日本における「大変化」とは何なのか、それはまた別の問題であるという認識を(僕は)している。

続く...(かもしれない)

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2006-04-19

職人2.0。

404 Blog Not Found:専門家破壊も進行中
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50462191.html

職人の世界にも言えると思うのだ。

例えば「カメラマン」でも「デザイナ」でも良いが、例えば商品写真とかを専門にやっているカメラマンの世界はまさに職人の世界ではないだろうか。フリーでも会社でも1人の親方がいてせいぜい数人のアシスタントがいるような形態。
こういったモデルの場合、組織を大きくして管理ポストができてっていうのは考えにくくて、ステップアップのためには独立するか跡を継ぐ方法しか考えにくい。

ここでいう専門家は、(もう手垢だらけなのにまだあえて使うが)、「専門家1.0」のことである。すでに専門家として地位が確立した者の薫陶を受け、すでに地位が確立した業界で業績を積み上げ、すでに地位を確立した者からの評価を上げ、ついには地位の確立された出版社から本を出し....という。梅田氏の言葉を借りれば「こちら側での声価(reputation)向上プロセス」が実を結ぶには、かつてないほど手間暇もかかるようになった。

「カメラマン」にしても「デザイナ」にしても、(少なくとも日本国内を対象とした「こちら側」をターゲットにしている限り)産業としてのパイは既に決まってしまっているのだ。「5年で倍」なんてことはあり得ない。しかも既に声価を得た人は引退しない。スポーツの世界でない限りは年齢が上がって行っても引退する必要がないからだ(むしろ年齢を重ねることで進化して行くことが多い)。
そうすると、必然的に声価を得た1部の人(ベテラン=職人1.0)と、若いアシスタント(「若い」のはコストが安いからだ)が業界で食って行くことができ(2極化)、それ以外の中間層は自分で独立しない限りはステップアップできないという構造になる。

カメラマンの場合、学校を出てスタジオにアシスタントとして入り(すでに、「誰かが独立した」とか「業界を離れた」とかで「空き」がないと困難らしい)、経験を積んだところで、所得の壁がやってくる(コストの安い若い人材との競争にさらされ、所得は上がりにくくなる)。で、独立。それでも独立して成功できる人は一部だろう。産業としてのパイは既に決まってしまっているし「それで食える人」は辞めないのだから。

ところが、この「こちら側の声価向上プロセス」が、今「あちら側の声価向上プロセス」の挑戦を受けているのだ。そこでは現実世界における努力ではなく、Webの世界における評判が、その人の価値判断に用いられる。「どうせ仮想現実の絵空事」と思うなかれ。少なくとも執筆やプログラミングといった、成果そのものをオンラインにできる分野では、そこでの声価は現実の能力に直結している。一年前は青二才だった駆け出しが、今や業界をリードする第一人者になるなどということがざらにあるのだ。

これは、職人の世界にも言えると思うのだ。
「ものを書く」という行為においては「あちら側」でいきなり地位があがってしまう人たちが出てきた。blogによって。カメラマンでもデザイナでも、例えば芸大とかを出ていきなり「あちら側」でデビューを果たし、大きな声価を得てしまう人が出てくるかもしれない。キャンバスは要らないし、プリントもいらない。それは「デジタル」の世界だけで成り立ってしまうからだ。コンピュータによって、映像、音楽、グラフィック、写真といったものはとても簡単に扱えるようになった。もちろんアマチュアとプロの間には(一般的には)大きな差があることは確かだろう。これまでは表現・発表の場はプロにしか与えられなかったが、現在は違う。

職人の世界にも「あちら側」からの挑戦がはじまるだろう(というか、もうはじまっているのではないか)。

Junnama, President 0.1β(^^;

# 写真の専門学校(夜間)に通いながらウチで働いている若いスタッフと話し
# ていて思ったこと。
# 職人2.0ってのもありじゃないか? キミにはWebという武器があるのだから。


# 4月20日追記

ロングテールの先にある「自己解決しました」
http://blog.y-iweb.com/archives/000310.html

ロングテールのグラフで表示されるのは、最低でも「1対1」以上の取引だけである。「取引」にならない、つまり自分で食べる野菜を自分で作ってしまうとか、自分で聞きたい曲を自分で作ってしまうとか、自社のホームページを自分で作ってしまうとか、そういう「0の取引」=「自己解決」は表示されない。

「産業としてのパイは既に決まっている」どころか、縮小しているという見方もある。そして、「自分で作ってしまう」人の中から「職人2.0」がうまれてきて「職人1.0」にとって大きな脅威となるのかもしれない。